社長ブログ、笑いと涙の奮闘記

遊び心の大切さ

2018年01月31日

先日、ちょっとした用事で近くの薬屋さんに行きました。そこでよもやま話をしていると、薬屋のおじさんが、「鳥居さんにはあまり関係ないかもしれないけど、最近この育毛剤がとても評判なのですよ。」と話してくれました。

人生の二期作と二毛作

2018年01月30日

また、教材の担当科目は、昔は理科や数学でしたが、現在は小学生の国語教材の開発に没頭しています。日本語を研究するにつれ、日本語の奥深さに興味を覚えます。
また、趣味も30代から続けているテニスに加え、スキーなどにもはまっています。
未知なる世界への好奇心、少年少女のもつ積極的な行動力をいつまでも持ち続けたいものです。

人生の二期作と二毛作

2018年01月29日

私自身は、塾の経営から教材の出版に軸足を移しました。塾経営も素晴らしい仕事ですが、教材の作成は、また別の意味で面白く、年齢を重ねても続けられるので、有り難い仕事です。

人生の二期作と二毛作

2018年01月26日

外山氏は「人生は二期作より二毛作の方が面白い」とおっしゃっています。二毛作は、同じ耕地で季節ごとに種類の違う作物を作ることです。つまり、定年後に同じような仕事をするのもいいが、違った仕事や趣味を見つけ、それにチャレンジすることも素晴らしい、ということだと思います。

人生の二期作と二毛作

2018年01月25日

お茶の水女子大学名誉教授の外山滋比古(しげひこ)氏は「定年後、また同じような仕事をするのは『人生の二期作』のようなものだ」と述べています。二期作とは、同じ耕地で同じ作物を二度作ることです。

人生の二期作と二毛作

2018年01月24日

その後、ひたすら仕事に精を出し、その家の資産を10倍にしました。そして50歳で隠居し、大好きだった天文学を学ぶために江戸に出ました。
江戸では天文学者・高橋至時(よしゆき)に弟子入りし、74歳で亡くなるまで、日本地図の製作に生涯を捧げました。

人生の二期作と二毛作

2018年01月23日

私が尊敬している人物の一人には、伊能忠敬(ただたか)がいます。彼は江戸時代に精密な日本地図を作ったことで有名です。
彼は17歳のとき、豪商の家に婿入りしました。

群馬への帰省

2018年01月22日

植物にとって、冬の最大の恐怖は、寒さによる細胞の凍結です。そこで体内の細胞液の糖度を高めることで、体を凍結から防ぐというわけです。
群馬に帰ると、昼過ぎから強く吹き付ける「からっ風」を感じ、冬の厳しさを思い出します。その寒さを乗り越えた野菜の恵みに、改めて感謝しながらいろいろな野菜をおいしくいただきました。

群馬への帰省

2018年01月19日

家に帰って、その中の1つである「ちぢみホウレンソウ」というのを食べました。それが、あまりに甘くておいしいので驚きました。
ところで、皆さまは、なぜ寒風に吹きさらされて育った冬の野菜が甘いかご存知ですか。

群馬への帰省

2018年01月18日

山々を見ると、「自分自身や周りの環境は変わっても、山々はいつも変わらず自分を迎えてくれる」という感じで、山の偉大さを痛感します。
帰りは時間があったので、道の駅に寄りました。そこにはたくさんの野菜が並んでおり、京都より値段も安くおいしそうなので、たくさん買い込み、持参したスーツケースに詰め込みました。それはまるで、京都から群馬へ野菜の買い出しに来たようなものでした(笑)。

群馬への帰省

2018年01月17日

私は先日、母の一回忌で久々に群馬に帰ってきました。その日は快晴で、群馬三山(妙義山、榛名山、赤城山)はもとより、遠く浅間山や谷川連峰も見渡せました。これらの山を見ると、「故郷に帰ってきた」と、感慨が深まります。

知られざる硫黄島の事実

2018年01月16日

つまり、その滑走路の下には何千、何百人という日本兵の死体が埋まっているのです。その時、氏は何とか飛行機から降り、滑走路を撫でながら大声で泣いたそうです。
今現在、硫黄島には海上自衛官の方などが赴任しているそうです。彼らの話では、島のあちこちで、ごく普通に兵士たちの幽霊を目にするそうです。これを知って、今すぐにでも、彼らの霊を慰めるような行事などが行えないものだろうかと、強く思いました。

知られざる硫黄島の事実

2018年01月15日

飛行機が硫黄島に近付くにつれ、涙が止まらなくなり、飛行機が滑走路に降り立ったとたん、脚が動かなくなってしまったそうです。それもそのはずです。その滑走路は、普通の滑走路とは違うのです。硫黄島の戦闘がまだ続いているときに、アメリカ軍が日本兵の死体を片づけないまま、アスファルトを流し込んでつくったものなのです。

知られざる硫黄島の事実

2018年01月12日

つまり、まだ1万2千名の方が硫黄島に取り残されているのです。その当時の学校の先生、サラリーマン、大工さん、お菓子屋さんなどの一般の方々が、今なお硫黄島に眠っているのです。
氏は、防衛省に交渉して特別な許可を得て、硫黄島に赴いたそうです。

知られざる硫黄島の事実

2018年01月11日

硫黄島には、2万1千名の日本兵が渡りましたが、生き残ったのはたった1033名。約2万人の兵士がそこで亡くなりました。さらに、その2万人のうち、遺骨として故郷に帰ってこられたのは、8千人あまりです。

知られざる硫黄島の事実

2018年01月10日

硫黄島は、映画『硫黄島からの手紙』からもわかるように、戦争末期の激戦地です。
戦争末期で軍人の数も減っていたため、その戦いには40歳以上の一般人もかり集められ、参加したそうです。40代といえば、家族も子どももいる人々ばかりでしょう。さぞかし参戦することは辛かったことでしょう。

知られざる硫黄島の事実

2018年01月09日

(株)独立総合研究所前社長 青山繁晴氏の講演のダイジェストを読み、大きな衝撃を受けました。
まず驚いたのは、硫黄島は日本の領土でありながら、今なおアメリカの管轄下のような状態で、立ち入り禁止となっているということです。

「さ」入れ言葉

2018年01月05日

皆さんは下記(1),(2)の表現について、どうお感じになりますか。
(1)「以上、今回は『さ』入れ言葉についてのコメントを述べさせていただきました。」
(2)「以上、今回は『さ』入れ言葉についてのコメントを述べてみました。」