社長ブログ、笑いと涙の奮闘記

水虫退治 (3)

2007年10月31日

ただし、その方法は素人には扱えません。その薬には副作用
もあるので、皮膚科に行って、薬を処方してもらうと同時に、
定期的に血液検査をする必要があります。

ともかく、私は治したい一心で会社を抜け出し、近所の皮膚
科の門をたたきました。

会社の皆にはまさか、「これから水虫君と全面対決すること
になたので、ちょっと皮膚科に行くよ。」とははずかしくて
言えませんでしたから、「ちょっと1時間ほど私用外出する
よ。」などと言い残して・・・。

病院ではまず血液検査が行われました。それは、人によって
肝臓に支障をきたす恐れがまれにあるからだそうです。

私は一応クリアーし、次の日から薬を1日一錠飲み始めまし
た。すると1ヶ月して劇的は変化が表れました。
〔明日へ続く〕

水虫退治 (2)

2007年10月30日

その広告とは、「特に頑固な爪水虫は飲み薬で治る」という
ものでした。

それを見て私は、「そうか、塗り薬のように外から攻めるの
ではなく、内側の毛細血管から攻める方法があるのか。それ
はコペルニクス的発想の転換だ。」と妙にその方法に対し、
感心してしまいました。

変な例えかもしれませんが、その方法とは次のようなもので
す。戦国時代の城攻めにおいて、いくら外側からせめても守
りが堅固で攻め落とせない城があったとします。

それを城の背後に回って、密かに城内に忍び込みその後、敵
を一網打尽にしてしまうというような・・・。

そのやり方の斬新さにすっかり私は惚れ込み、それにかけて
みることにしました。
〔明日へ続く〕

水虫退治 (1)

2007年10月29日

先日プールで泳いだ後、そのジムにあるお風呂を浴びました。
きれいな話でなく申し訳ありませんが、洗い場で私の隣にい
た人はかなり水虫で悩んでいるようでした。

1年ほど前は、正直に言って私もそのうちの1人でした。こ
のように過去形で語れるのは、およそ半年にわたる水虫君と
のすさまじい戦いに勝利したという経験があるからです。

今週はその水虫君との対決の顛末を書いてみようと思います。

水虫君との同居は数年以上に及びました。強敵水虫君に打ち
勝つには、場当たり的に軟膏をつけるくらいの対策では一時
的には良くなっても、またすぐぶりかえしてしまい効果があ
りません。

特に爪に寄生し、爪を変形させてしまう爪水虫の場合は、爪
の内部に潜んでいるため、根治が特に困難です。

ですからこの水虫君たちとお別れできるのは、自分が死んで
一緒に火葬場に運ばれた時かと半ば諦めていました。

その時、新聞のある全面広告が目に入りました。それが私の
水虫君に対する闘争心に火をつけました。
〔明日に続く〕

サナギからのスタート

2007年10月26日

日経ビジネスを読んでいて面白い言葉に出会ったのでご紹介
します。

「熱湯経営」という本が入手困難になっています。この本
は大和ハウス工業会長の樋口武男氏によって書かれたもので、
企業の大組織病をいかに脱却するかについて述べられていま
す。

組織は知らず知らずのうちに日々の惰性に流され、ぬるま湯
につかるように変質していくようです。

この「サナギからのスタート」はそのような時に作られたス
ローガンだそうです。サナギ(SANAGI)の意味は次の
通りです。

 Sは「スピーディ」
 Aは「明るく」
 Nは「逃げず」
 Aは「あきらめず」
 Gは「ごまかさず」
 Iは「言い訳せず」

です。このスローガンを守り、サナギから成虫へと脱皮しよう
というわけです。

私自身どうしても「楽な方に、楽な方に」と逃げたい気持ち
も持っています。そして、すぐにあきらめたり、ごまかしたり、
逃げたり、言い訳したくなります。

そんな弱い自分を叱咤激励するために、このスローガンは机
に貼って、いつも眺めるようにしようと思いました。

ハイセンウォーク(3)

2007年10月25日

このウォーキングで一番恐いのはトンネルです。何せ「廃線」です
から、トンネルの中に電気は1つもついていません。その証拠がこ
れです。
http://www.tsumugi.ne.jp/photo/torii/071023/P9150026.jpg
長いトンネルになると完全に真っ暗です。しかも足下には水たまりや
まだはずされていない枕木やレールがあるわけですから、気を抜くと
つまずいてしまいます。

ライトを使わなければ、隣の人の顔すら見えず、ここでは本当の暗
闇が味わえます。「真っ暗」というものは何とも言えず不気味なも
のです。

私は息子と行ったので色気ナシでしたが、カップルで行けば自然に
手をつないでしまうなど、親しくなるきっかけができるかも知れま
せん。その他鉄橋をわたるのもスリルがあります。

ご興味のある方は、その場所を探してトライしてみて下さい。あく
まで自己責任でお願いします。行かれる時は懐中電灯かヘッドラン
プが必携ですよ。

ハイセンウォーク(2)

2007年10月24日

JRが廃線になっているところは、全国でいろいろあるのでしょうが、
私が以前訪れたことのある場所は、JR福知山線三田駅の2つほど大阪
寄りの駅です。今の福知山線はその線路と違ったところを走っています。
つまり、昔の路線が2駅分ほど廃線になっているのです。

尼崎から出たJR福知山線は宝塚を過ぎると山また山、トンネルに次ぐ
トンネルを経て三田に着きます。その間の2駅分の廃線ですから、長い
トンネルや鉄橋がいくつもあり、それはそれはスリリングです。
〈写真はこちら〉
http://www.tsumugi.ne.jp/photo/torii/071023/index.html

〈続きは明日…〉

ハイセンウォーク(1)

2007年10月23日

行楽の秋ですね。今回はそれにちなんで、少し変わったウォーキング
をご紹介しましょう。

さて、皆さんはこの言葉を聞いて、それに当てはまる漢字として、ど
んなものを連想されたでしょうか。「敗戦ウォーク」「廃船ウォーク」
「配線ウォーク」などいろいろと考えられることでしょう。

正解は「廃線ウォーク」です。

このウォーキングは、正式なハイキングルートではありません。知る
人ぞ知る秘密のルートなのです。

それはJRが「廃線」になったその線路跡を歩くというものです。JR
はすでに廃線になった道を歩くことを推奨してはいません。なぜならも
う管理していない鉄橋など歩かれて、転落事故などを起こされても責任
を負えないからです。

さて、それはどこにあるのでしょうか。〈続きはまた明日…〉

情報発信のヒント

2007年10月22日

朝、御所への散歩の途中に、あるお寺を通ります。そこでは一週間
に一度くらいの割合で、その寺の前の掲示板(?)が次のような感
じで、書き換えられます。
写真はこちら
http://www.tsumugi.ne.jp/photo/torii/071022/PA050063.jpg

いつしかその寺の前の通る時は、その掲示に目が止まるようになり、
だんだんそのお寺のことや、書いてある内容が気になるようになっ
てきました。

写真にある「逮得」という言葉は大きな辞書にも載っていません。
そこで漢和辞典で「逮」の意味を調べたりするようになります。
このようなことを毎週実行しているお寺とそうでないお寺を比べて
みるのはどうでしょうか。

こういったことを続けていくことは、何か大きな違いが生まれてく
るように思います。これを塾に置き換えてみてはどうでしょうか。
このように、地域の人々の為に、何か役立つメッセージを何かの
形で発信しつづければ、何年か先に何か少なからぬ変化をもたら
すように思うのですが・・・。

唐人お吉(3)

2007年10月19日

幕末には多くの人が動乱にもまれ、その運命をもてあそばれたこ
とも多くあったことでしょう。

「唐人」という烙印を押されたお吉の遺体は、手を触れるだけで
病がのりうつるなどと言われ、しばらく放置すらされていたよう
です。

それをあまりに哀れに思った下田の宝福寺の住職がその境内に
手厚く葬ったそうです。

私はそれらの事実を知り、人間の偏見や権力、その底にひそむ罪
や愚かさを感じました。さらに、それらの記述を記念館で読んで
いて一番驚いたことがあります。

それは、お吉は「たった3日」しかハリスに仕えていないという
事実です。その背景は知る由もありませんが、「たった3日」で
お吉の人生が大きく変えられてしまったということに私は大きな
衝撃を受けました。

唐人お吉(2)

2007年10月18日

ハリスの屋敷への奉公後は、幕末、維新の動乱の中、芸妓として
流浪したり、小料理屋を開業したりしますがことごとく失敗してしま
います。

その背景にはハリスという外国人に仕えたということからくる人
種差別があります。

お吉は、その後、世間の人から「唐人」という呼び名で罵声と嘲笑
をあびせられ続けたのです。

最後は、貧困の中で身をもちくずし、明示24年3月の豪雨の夜、
遂に川へ身を投げ、自ら51年の命を絶ってしまいました。

〈続きは明日…〉

唐人お吉(1)

2007年10月17日

皆さんはこの女性をご存知でしょうか。私は以前、所用で下田に
行ったとき、唐人お吉記念館に立ち寄りました。

この女性は幕末の悲哀の人物の一人です。本名を斉藤きちさんと
いい、天保12年に愛知県で生まれました。4才のとき下田に移り
住み14才で芸妓となりました。当時彼女の美しさは際だち、それ
が運命の別れ道か、奉行所の目にとまることになりました。

17才のとき、恋人とも別れさせられ、多額な年俸と引替に、当時
のアメリカ総領事ハリスのもとへ侍妾として奉公に出されることにな
りました。
写真はこちら
http://www.tsumugi.ne.jp/photo/torii/071017/PA160021.jpg

〈続きは明日…〉

外部協力者作り(2)

2007年10月16日

そんな関係から昨日は東京は行ってきました。東京に住む若い女
性イラストレーターの方が協力を申し出て下さったのです。小社
の方針に賛同し、本作りに参加してくださるの
です。

話はすぐまとまり、次の小学生向き国語教材のイラストを描いて
いただけることになりました。とても素敵な本になることと思い
ます。お楽しみにお待ち下さい。

このような募集は私共に限らず、皆様の塾でも行えると思います
がいかがでしょうか。

地域には、塾講師として指導する人以外にも、地域において人脈
が広く、生徒募集に貢献して下さるお母様方や、塾のニュースレ
ター作りに力を発揮して下さる方など、いろいろな才能を持っている
方がたくさん埋もれているのではないでしょうか。

「塾は人が命」です。こんなヒントが何か貴塾にお役に立てれば
幸いです。

外部協力者作り(1)

2007年10月15日

小社では、常時HPに「協力者募集」という広告を出し、原稿を
書いて下さる方や校正、版下作りをお手伝いして下さる方を募集
しています。

この効果は大きなものがあり、全国各地から協力者の名乗りが上
がっています。

その協力者からのアイディアや原稿がテキストになったものも多
く、小社にとっても協力者にとってもメリットとなっています。

もちろんそれらは現場から出てきたアイディアですから、都麦
ファンの方から「こんなテキストが欲しかったんだよ。ありがと
う」という声がいただけます。(続きは明日…)

丹波栗で大もうけのおじいさん(3)

2007年10月13日

それは栗の木の剪定にありました。つまり、栗の木の枝が横へ横へ
と広がらず、むしろ縦へ縦へと伸びるよう、若木のときから強制的
に剪定していったのです。もちろん苗木を植える時は、従来より栗
の木の間をつめて植えたのはいうまでもないことです。

結果は見事大成功。きっと近所の人はなぜそのおじいさんの栗林だ
けが収穫量も多く、しかも大きな実ばかりできるのか不思議がった
ことでしょう。

この話を聞いて私は、やはり人生「創意・工夫」が大切だと思いました。
栗は縄文時代から人々が食べてきた伝統ある穀物です。普通の人
なら、栗の木を従来通り自然のままに栽培し、「収穫量や粒の大きさ
はこんなものなのでしょうがない」とあきらめることでしょう。

しかし、その考えを破って、「もっと○○するにはどうしたらいい
のだろう」と発想したそのおじいさんのすごさに感心しました。

その後、そのおじいさんは丹波の農業試験場にそのノウハウを伝授
し、今やその方法は丹波地方全体に広がりつつあるそうです。

丹波栗で大もうけのおじいさん(2)

2007年10月12日

その方法は次の通りです。栗の木をそのままにしておくと、枝は横
へ横へと広がってしまうそうです。すると一定の面積当たりの栗の
木の本数は限定されます。しかも大きい実は下の方でなく日光が
よく当たる上の方にできるのだそうです。

このことから、このような方法では大きい粒の栗は限られ、しかも単
位面積当たりの収穫量は伸びません。

そこでおじいさんは考えました。栗の木を密生させるように植えて、
しかも大きな栗の実をたくさんとる方法はないかと…。

ずいぶん欲張りなおじいさんですね。でもそこがおじいさんのすご
いところ。その方法を見つけ出したのです。(続きは明日)

丹波栗で大もうけのおじいさん(1)

2007年10月11日

今や丹波栗の収穫は最盛期。千年の歴史ある丹波栗も今は外国産に
押され、生産量が減少とのことです。

しかしそんな中、丹波栗で大もうけをしたおじいさんがいるとのこ
とです。それは、ある工夫をして普通より大きな粒の栗を作り、しかも
生産量も上げたからだそうです。

素人発想だと、せいぜい肥料に工夫を払ったのかなくらいしか思い
つきません。でもそうではありません。それはいったいどういう方法で
しょうか。

(続きは明日)

JALの改善(2)

2007年10月10日

10月4日の朝日新聞を見て驚きました。JALがトヨタに学び、
あらゆる職場で改善運動をしているのです。それがかなり効果を
上げているようです。例えば作りすぎていたポスターや時刻表を
減らしたら7,000万円も節約できたなどです。

機体の整備にしても、1時間近くかかっていた作業が40分に短
縮できるなどの結果が出ているそうです。

そのポイントは何と準備と後片付けにあったようです。1時間の
作業のうち、その4分の3をしめる時間がそのために使われ、本
当の作業はたった20分。となれば、準備と後片付けの時間を減
らせばいいわけですから、そこに知恵を集中した結果、その時間
が半分にできたとのことです。

これにならって自社を振り返り、何か改善点はないか、探してみ
ようと思いました。

JALの改善(1)

2007年10月09日

先日、出張でJALに乗りました。いつもと違って「アレッ!」
と思うことがありました。それは荷物を受け取って出る時、荷
物札をチェックして回収する人がいないのです。

それは、外国の飛行機ではよくあることなのですが、国内線の
飛行機では初めての経験でした。それはきっと、経営再建中の
JALが考え出した苦肉の経費削減計画なのだろうと思ってい
ました。

〔明日に続く〕

DS眼力トレーニング(2)

2007年10月05日

その特典とは、そのトレーニングを何日か続けて行うと、今までには
なかったゲームが追加されて、そのゲームを楽しめるというものです。

もし、一番初めからそのソフトに内蔵されているすべてのトレーニング
がずらっと並んでいたらどうでしょうか。

私なら、そのうちのいくつかをやって、三日坊主で終わってしまうで
しょう。

しかしこれは違います。何回かすると「あなたはがんばって10回トレ
ーニングしましたね。ではご褒美に新しいトレーニングをプレゼント
しましょう」と出てくるのです。

大人でもこのようなメッセージはうれしいものです。そのようなしくみ
が毎日トレーニングを続ける動機付けとして働いています。

ひるがえって塾について考えてみましょう。ポイントカードシステムな
どはこの一例ですね。

その他、いろいろ考えられます。例えば空港のVIPラウンジのような
ものはどうでしょうか。その塾の中で、在籍3年以上の生徒しか入れない
自習室とか…。

当然このアイディアについて、賛否はありますが、DSなどをヒントとして、
このような発想を広げていけば、きっと何かが生まれるのではないでしょ
うか。

DS眼力トレーニング(1)

2007年10月04日

私は朝起きたとき前回紹介した「顔トレーニング」と「眼力トレー
ニング」をするのを習慣としています。1カ月続けた顔トレーニング
の効果はなかなかのもので、表情が豊かになったり口角が幾分引き
締まったように思います。

眼力トレーニングも面白いソフトで「続ける工夫」が随所に凝らされ
ています。このような工夫は塾経営にもずいぶん役立つように思い
ます。

その1つが「トレーニングを続けたものにだけ与えられる特典」です。

続きは明日書きます。

ジャズボーカル

2007年10月03日

私の発行しているメルマガに「私は昔、ジャズに凝っていて、先
日たまたま女性ジャズシンガーのライブを聴いて感動した」とい
う話を書いたら、多くの人から反響がありました。

ある人は「僕も大学時代にジャズシンガーのアルバムをたくさん
聴いたよ」などと昔の思い出をたくさん語ってくれました。

またある先生は「僕は昔ソウルミュージック系のバンドでドラム
スをたたいていたんだよ。その頃は新宿、池袋、恵比寿などのラ
イブハウスに出演してたよ。」などの話をして下さいました。

音楽って人と人との壁、国境すら越えるとても素敵なものですね。
そして音楽を聴くと、その当時の情景まで思い出されるのも素晴
らしいことです。

新幹線便利グッズ

2007年10月02日

昔に比べ、最近の新幹線はとても速いですね。昔は京都から東京へ
行くのに3時間以上はかかっていたと思いますが、今は2時間ちょっと
で行けてしまいます。

ただしその分、騒音と振動が多いようです。

そのために、以前より体の疲れ方がきついように思います。

多分低周波の振動が体を疲れさせるのでしょうね。

そんな時おすすめなのが耳栓です。飛行機で旅行する時もそうですが、
耳栓をして乗ると、体の疲れ方がずいぶん軽減されます。



乗り物に乗ると疲れるという方はぜひ一度おためし下さい。