スタッフブログ!つむぎ内・外よもやま話

いのしし神社(護王神社)

2019年01月24日  文責:平野

新しい年が明けてすでに半月以上。遅ればせながら、今年も都麦出版をよろしくお願いいたします。さて、今年はいのしし年ということで、初詣はいのししに因み護王神社へ行ってきました。護王神社がいのしし神社として親しまれるようになった由来は、奈良時代の末期に起こった道鏡事件までさかのぼります。この道鏡事件とは、当時法王となり権勢をふるっていた僧・弓削道鏡が、「道鏡を天皇にせよ。」というご神託が、九州の宇佐八幡宮であったとして、天皇になろうと企んだことを指します。護王神社の主祭神の御一柱である和気清麻呂公は称徳天皇のご命令で、そのご神託が真実であるかを確かめるために、宇佐八幡宮へ赴き、ご神託が偽物であったことを天皇にご報告されました。こうして清麻呂公のご活躍により道鏡の野望はくじかれましたが、道鏡の怒りを買った清麻呂公は、姉君の和気広虫姫とともに大隅国(今の鹿児島県)へ流されてしまいました。その時、足の腱を切られ、足萎えで立つこともできなくなっていた清麻呂公の前に、突然山の中から300頭ものいのししが現れ、清麻呂公を守って道案内をしました。その後足萎えは不思議と治り、立って歩けるようになったという故事から、護王神社は足腰の守護神として、広く崇敬されているそうです。そのため、境内には狛犬ならぬ狛いのししが鎮座され、手水場にもいのしし、絵馬所にもいのししと、たくさんのいのししの像を目にしました。私も清麻呂公にあやかって、いのしし様のご加護を得られるよう、お参りがついつい長くなってしまったのでした。
写真はこちら↓
http://www.tsumugi.ne.jp/photo/yomoyama/20190124.html